【麒麟がくる】美濃編のあらすじ予想!描かれるのは天文10年から弘治2年か?

麒麟がくる

こんにちは!ZIGです。

今回は「麒麟がくる」美濃編のあらすじを公開されている情報から予想してみました!

不明な点が多い明智光秀の前半生がいつ頃から描かれるのか?そして美濃編のあらすじはどんな感じになるのか?予想される展開をまとめてみました。

公開されているあらすじ

「麒麟がくる」の公開されてるあらすじは以下の通りですね。

応仁の乱後、世は乱れ、無秩序状態の中で、天下を統一し、乱世をおさめようとする戦国の英雄たちが登場しはじめる。
1540年代なかば、東西の要衝たる美濃の地に、一人の若き虎がいた。
名は明智十兵衛光秀。一介の牢人である青年光秀の胸の奥にはまだ自分でも気づかぬ静かな炎が燃えていた。
当時、美濃を治める土岐氏一族は内紛にことかかなかった。周囲を尾張の織田、駿河の今川、越前の朝倉に囲まれ、常に攻め込まれる危険を抱えた美濃で、若き虎は戦に駆り出されては、敵を撃破、その勇猛果敢な働きと戦略的才能は、土岐家の筆頭家臣、斎藤利政の目にとまり、利政に抜擢されていく。その利政こそ、いずれ土岐家をのっとり、美濃を手中におさめる「斎藤道三」その人であった…。

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このあらすじから美濃編は1540年代半ばあたりから描かれる事が分かります。

そして2019年6月の「麒麟がくる」のクランクイン記事で「20代の青春時代から描写」とあるので、「1540年代半ば」は1547年からという事になりますね(光秀は1528年生まれの設定のはずなので、数えで20歳になるのが1547年)。

では、そこからいつまでが描かれるか?といえばこれは間違いなく弘治2年(1556年)ですね!

長良川の戦いで斎藤道三が斉藤義龍に討たれ、光秀が美濃を追われる所までが描かれるはず。

 

つまり、美濃編で詳細が描かれるのは天文16年(1547年)~弘治2年(1556年)の10年間と考えられます。

 

ただ、そこに加えてある程度10代の頃が描かれるのでは!?と個人的には予想します。

 

10代の光秀もある程度描かれると予想する理由

光秀が10代の頃からある程度話が描かれると予想したのは、そうでないと発表された出演者のプロフィールと辻褄が合わなくね?と思ったのが理由です。

美濃編キャストには土岐頼芸(演:尾美とりのり)がいますが、プロフィールが「美濃の守護」となってるんですよね。でも、1547年の段階で既に頼芸は美濃の守護ではなくなっているはずなのです。

そして斎藤道三(演:本木雅弘)も「美濃の守護代」となってますが、道三は1542年あたりで実質美濃の実権を握ってるはず。なので「美濃の国主」と書かれててもおかしくありません。こちらの設定を見ても1540年台前半から描かれるんじゃないか?という気がするんですよね。

 

1510年代から美濃守護の土岐氏は兄弟(兄の頼武・弟の頼芸)で跡目争いをしまくります。その争いで斉藤道三(とその父長井新左衛門尉)は土岐頼芸に協力して頼武を追放、頼芸を美濃守護にするんですが・・・

まあ「蝮」の道三ですからそこで満足なんてしません(笑

道三は天文10年(1541年)に頼芸の弟・頼満を毒○し、天文11年(1542年)には頼芸を尾張へ追放してしまうんですよね。

追放された頼芸もそのまま黙っておらず、その後織田信秀の支援を受けて美濃に侵攻。当時越前の朝倉孝景のもとにいた頼純(兄・頼武の子)とも協力し、一度は美濃守護に復帰します。

 

こんな感じで隣国を巻き混んで国内で争いまくり。

 

しかし1546年には斎藤道三と朝倉孝景が和睦。和睦条件に頼芸の美濃守護退任があったため、頼芸は甥の頼純に美濃守護を譲りました。

ちなみに守護となった頼純ですが、翌年の1547年にはさっそく道三に毒○されてしまいます。更に1548年には道三と織田信秀も和睦してしまい、後ろ盾を失った頼芸はその後また追放されちゃうんですよね。

こんな感じで土岐一族は道三の「国盗り」の餌食になっちゃうわけです。お気の毒・・・

 

 

 

まあというわけで、1547年頃の美濃守護は頼純のはずなんですよね。多分。

なので1547年から描かれるのに頼芸が「美濃の守護」で道三が「美濃の守護代」では辻褄が合いません。つまり美濃編はそれよりも前から描かれると考えられるわけです。

 

では、いつ頃から描かれるか?という話ですが・・・

ここは多分1541年あたりからではないでしょうか!

要するに「美濃の守護代」斎藤道三と「美濃守護」頼芸の関係が悪化し、頼芸を追放するあたりからですね。ここから描いて行けば道三の国盗りを描きながら、隣国を巻き込んだ頼芸との戦いの中で頭角を現していく光秀も描きやすいんじゃないかと思います。

で、20歳になる頃には道三に一目置かれる存在になっている光秀が加納口の戦いや大垣城の戦いで活躍する・・・なんて展開になっていくのではないでしょうか。

 

つまり美濃編で描かれるのは天文10年(1541年)から弘治2年(1556年)の15年ほどの期間。

光秀14歳の頃から描かれるのではないか?と予想します。

 

このあたりの流れは最近では見直されているみたいです。

天文11年(1542年)に国外に追放されたのは頼武(あるいは頼純)で、その後信秀の支援を受けて美濃に侵攻したのも頼武。要するに家督争いで負けた兄・頼武は美濃国内(大桑城)には残っていて、国内で争いは続いていた。しかし天文11年に道三に攻められ、国外に追放されたという流れみたいです。

なので天文11年の時点では頼芸は追放されてなくて、守護として美濃にいたっぽいですね。

そして少なくとも天文19年(1550年)頃まで守護の座にいたことが分かっていて、1550年~1551年頃に追放されたと考えられているようです。その間ずっと頼芸が美濃守護だったのか?このあたりまではハッキリとは分かりませんが、大分流れは異なっている模様。

そうなるとここで書いた予想もけっこう的外れかもしれません(汗

光秀・義龍・濃姫の関係

10代の頃からの描写があると考えると、幼いころの義龍・濃姫・光秀の関係も描かれそうですよね。

義龍は「光秀の幼いころからの学友」という設定になっているので、この二人は結構親しい関係として描かれるんじゃないでしょうか。斎藤義龍は大永7年(1527年)生まれで光秀と1歳違いですし、幼なじみ的な感じになってても違和感はありません。

しかしそんな関係だった義龍に道三が撃たれ、明智一族も討たれてしまう・・・

義龍との関係が親しく描かれるほど、この展開は光秀にとって厳しいものとなりそうですよね。

 

濃姫も「幼いころからの付き合い」という設定なので、何かしらのエピソードは描かれそうな気がしますね!

濃姫は天文4年(1535年)生まれなので光秀や義龍よりちょっと年下ですが、二人の後ろをついて回る姿が描かれたり・・・なんてこともありそうです。

そして間違いなく描かれる織田家への輿入れ。このあたりでもしかしたら若き信長と光秀が出会う・・・なんてシーンもあるかもしれません。何にしても幼いころの光秀と濃姫の関係が、後年の光秀と信長の関係にも少なからず影響を与える可能性は高そうです。

 

・・・とまあこんな感じで美濃編の序盤は10代の光秀と義龍・濃姫の関係が描かれ、その関係を通して成長する光秀も見られるんじゃないでしょうか。

そしてその上で1547年~1556年あたりの出来事を詳細に描いていくのでは?と予想します。

 

美濃編(予想)年表

というわけで予想される美濃編の期間の主要な出来事を以下にまとめてみました。

1541年~1556年年表
  • 1541年(天文10年):頼芸の弟・頼満が道三に毒○される(光秀14歳)
  • 1542年(天文11年):頼芸が美濃を追放される(光秀15歳)
  • 1544年(天文13年):頼芸が織田信秀の支援を受けて美濃へ侵攻(光秀17歳)
  • 1546年(天文15年):斎藤道三と朝倉孝景が和睦(光秀19歳)
  • 1547年(天文16年):加納口の戦いで信秀が道三に大敗(光秀20歳)
  • 1548年(天文17年):斎藤道三と織田信秀が和睦(光秀21歳)
  • 1549年(天文18年):信長が濃姫を正室に迎える(光秀22歳)
  • 1552年(天文21年):再度頼芸が追放される(光秀25歳)
  • 1553年(天文22年):道三と信長が正徳寺で会見(光秀26歳)
  • 1554年(天文23年):斎藤道三が家督を義龍に譲る(光秀27歳)
  • 1555年(弘治元年):道三を討つため義龍挙兵(光秀28歳)
  • 1556年(弘治2年):長良川の戦いで道三が義龍に討たれる(光秀29歳)
こうやって見ると結構イベントには事欠かなそうですね美濃編(笑

ちなみに1547年(天文16年)の加納口の戦いは1544年(天文13年)説もあります。もしかしたらそちらで描かれるかもしれません。

 

まとめ

というわけで美濃編のあらすじを予想してみました!

美濃編は天文10年(1541年)~弘治2年(1556年)の約15年間。斎藤道三の国盗りを描きながら、その戦いの中で頭角を現していく光秀を描くのではないかと予想します。

前半生が完全に不明なだけに、青年期の光秀の成長がどう描かれるか?ここはある意味後半生より楽しみですね♪

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