こんにちは!ZIGです。
今回は岐阜県内にある明智光秀ゆかりの地をまとめてみました。
2020年大河ドラマの主人公・明智光秀は岐阜で生まれ育ったと言われていて、岐阜県内には光秀にゆかりのある場所が沢山あります。これらの場所は劇中で舞台となる可能性もありますし、もしかしたらロケ地になるかもしれません。実際にすべて訪問した上でまとめましたのでぜひご覧下さい♪
目次
- 1 【18選】岐阜県内の明智光秀ゆかりの地まとめ
- 1.1 岐阜城/稲葉山城(岐阜県岐阜市)
- 1.2 明智城・天龍寺(岐阜県可児市)
- 1.3 桔梗塚(岐阜県山県市)
- 1.4 大桑城(岐阜県山県市)
- 1.5 鷺山城(岐阜県岐阜市)
- 1.6 常在寺(岐阜県岐阜市)
- 1.7 道三塚(岐阜県岐阜市)
- 1.8 明知城(岐阜県恵那市)
- 1.9 落合砦(岐阜県恵那市)
- 1.10 龍護寺(岐阜県恵那市)
- 1.11 金弊社八王子神社(岐阜県恵那市)
- 1.12 お牧の方の墓所(岐阜家恵那市)
- 1.13 一日市場八幡神社(岐阜県瑞浪市)
- 1.14 土岐賴貞の墓(岐阜県瑞浪市)
- 1.15 鶴ヶ城(岐阜県瑞浪市)
- 1.16 土岐高山城(岐阜県土岐市)
- 1.17 妻木城(岐阜県土岐市)
- 1.18 西高木家陣屋跡/多羅城(岐阜県大垣市)
- 2 まとめ
【18選】岐阜県内の明智光秀ゆかりの地まとめ
岐阜城/稲葉山城(岐阜県岐阜市)

岐阜城(稲葉山城)は青年期の明智光秀が仕えたといわれる斎藤道三、そして後年仕える事になる織田信長が居城とした事で知られています。金華山山頂部では複数の遺構が確認できますし、山麓には信長の居館跡もあるので見どころの多い観光地でもありますね。
ちなみに模擬天守内には鎧や兜、刀をはじめ手裏剣や鉄菱、望遠鏡・地球儀など様々な展示物もありますのでこちらも必見です!
「麒麟がくる」では斎藤道三が居城としていた頃から話が描かれてるため、道三と共に間違いなく登場する場所ですね。
明智城・天龍寺(岐阜県可児市)

明智城は「長山城」「明智長山城」とも呼ばれる土岐明智氏一族の居城。そして明智光秀生誕の地と言われている場所でもあります。
明智氏は200年以上に渡って明智城を居城としましたが、1556年(弘治2年)に斎藤義龍によって攻め落とされました。そのとき明智光秀はこの城から落ち延び、越前へ逃れたと言われています。
近隣には明智氏の菩提寺となっている天龍寺もあり、明智氏一族の墓もあるので明智城に訪れた際は一緒に行っておきたいですね。
桔梗塚(岐阜県山県市)

桔梗塚は明智光秀の墓と言われています。
山崎の戦いで討たれた明智光秀は実は影武者で、本人はこの地に隠れ住んだという言い伝えがあります。その言い伝えでは光秀はここ中洞で生まれたとされており、産湯の井戸と墓の両方があるわけですね。
ここでは今も年に2回、供養祭が行われています。
大桑城(岐阜県山県市)

大桑城は美濃守護の土岐氏が居城とした山城です。
そのため複数回に渡って斎藤道三に攻められた記録が残っています。「麒麟がくる」でも美濃守護の土岐頼芸が登場しますが、この頼芸も大桑城を居城としていたときに道三に攻められ、美濃から追い出されてしまう事になります。
なので「麒麟がくる」でも登場する可能性の高い場所と言えるでしょう。もしかしたら大桑城を巡る戦いの中には光秀の姿があるかもしれません。
ちなみに現在、大桑城があった場所には地元の方々の手によって建てられたミニ天守があります。
鷺山城(岐阜県岐阜市)

鷺山城は斎藤道三が隠居して住んだといわれている城です。
斎藤道三は1554年に嫡子の義龍に家督を譲りました。そのとき岐阜城(稲葉山城)も明け渡したと言われてますね(諸説あり)。その後道三は長良川を挟んだ岐阜城の対岸にあるこの鷺山城に移りました。
しかしその2年後、義龍によって道三は討たれる事になってしまいます。
「麒麟がくる」でも長良川の戦いは描かれる可能性が高いので、鷺山城も登場する可能性がありそうですね。
常在寺(岐阜県岐阜市)

岐阜城唐ほど近い場所にある常在寺は斎藤道三以降3代の菩提寺で、斎藤道三・斎藤義龍の肖像画や像が残されています。
斎藤道三像は濃姫が寄進したものとも言われているので「麒麟がくる」でもそうしたシーンが描かれるかも知れません。斎藤道三との関係が深い寺なので、「麒麟がくる」でも登場する可能性が高いでしょう。
道三塚(岐阜県岐阜市)

道三塚は名前の通り、斎藤道三を祀っている塚です。
元々もう少し長良川に近い場所に塚があったそうですが、長良川が氾濫する度に流されてしまったそうです。そのため1837年に常在寺の第27世・日椿上人が現在の場所に移したと言われています。
道三塚は岐阜城や鷺山城から近い場所になるので、こうした場所を訪れるのであれば一緒に訪れてみるとよいでしょう。
明知城(岐阜県恵那市)

岐阜県恵那市にある明知城は明知遠山氏の累代の居城。
岐阜県内には可児市の明智城と恵那市の明知城、2つの明智城(明知城)が存在します。どちらも光秀の出生地という言い伝えがありますが、可能性としては可児市の方が高いと言われてますね。
明智光秀はこの城の近くで生まれたという言い伝えがあり、明知城山麓にも光秀が学問に励んだという天神神社が存在します。
落合砦(岐阜県恵那市)

落合砦は明知城の出城として作られた砦。
明智光秀はこの落合砦で生まれたという言い伝えがあり、砦跡には今でも「明智光秀産湯の井戸」が残されています。
現在は千畳敷公園として整備されていますが、砦当時の遺構を確認出来る場所も残っていました。
龍護寺(岐阜県恵那市)

龍護寺は明知遠山氏の菩提寺。
龍護寺には明智光秀公御霊廟があり、また寺宝として光秀の直垂の布を縫い込んだと伝わる「九条衣」が所蔵されています。
光秀の供養塔はその「悲痛な思い」から割れると言われていて、霊廟にある供養塔は斜めに大きく割れていることが知られてますね。
金弊社八王子神社(岐阜県恵那市)

「子授け」の御利益があるとも言われる金弊社八王子神社。
境内には明智光秀が建立したと伝わる桔梗紋が彫られた柿本人麻呂社、そして光秀が手植えしたと伝わる楓の木が今でも残されています。
ちなみに八王子神社には明知城の大手門(唐門)が移築されており、社殿や柿本人麻呂社と共に県の重要文化財指定を受けています。
お牧の方の墓所(岐阜家恵那市)

明智光秀の母、お牧の方の墓所です。
非業の最期を遂げたと伝わるお牧の方のために1743年に建てられました。傍らにはお牧の方の名にちなんだ樹齢400年を超える高野槙があります。
一日市場八幡神社(岐阜県瑞浪市)

一日市場八幡神社がある場所は美濃源氏・土岐一族発祥の地。
源光長の三男で鎌倉幕府の御家人だった光衡はここに「一日市場館」を作り、「土岐」を号したことから土岐氏の祖とされています。現在は八幡神社になっており、境内に土岐光衡・明智光秀の像があります。
ちなみに明智光秀はここで生まれ、2歳の時に明智城代・明智光安に引き取られたという言い伝えがあるそうです。
土岐賴貞の墓(岐阜県瑞浪市)

土岐賴貞は鎌倉時代~南北朝時代の武将。室町幕府の初代美濃守護となった方で、その後の土岐氏の繁栄の礎を築きました。
賴貞の墓は一日市場居館跡からほど近い旧光善寺に残されています。
鶴ヶ城(岐阜県瑞浪市)

鶴ヶ城は別名「神篦城」「国府城」「高野城」と呼ばれ、一日市場館と同じく土岐光衡によって鎌倉時代初期に作られたと言われています。その後も鶴ヶ城は土岐一族が長く居城としました。
後年、織田信長や信忠が東美濃での戦いにおいて重要視した場所でもあります。
土岐高山城(岐阜県土岐市)

土岐高山城は光秀の源流である土岐氏の居館を守るために作られたと言われる砦。
戦国時代には武田氏・織田氏の戦いの舞台ともなりました。
妻木城(岐阜県土岐市)

妻木城は土岐氏庶流・妻木氏の居城です。
明智光秀の正室・煕子は妻木氏の出身だと言われてますね。
妻木城は山頂の城跡と共に山麓の御殿跡・士屋敷跡の石垣が今でもしっかり残っています。
西高木家陣屋跡/多羅城(岐阜県大垣市)

西高木家陣屋跡あたりにはかつて多羅城という城があり、明智光秀がその城で生まれたという説が存在します。
東京大学史料編纂所の「大日本史料」の中にある「明智氏一族宮城家相伝系図書」には、「明智光秀は享禄元年(1528年)8月17日、石津郡多羅にて生まれる。多羅は進士家の居城なり」という記載があり、この記載を信じるなら光秀が生まれたのは多羅城だったことに。はたして真相は・・・
まとめ
というわけで岐阜県内の明智光秀ゆかりの地を実際に現地を訪れてまとめてみました。
大河ドラマ「麒麟がくる」では明智光秀が青年期を過ごした美濃での生活、そして戦いが描かれることになります。
果たしてどんな描かれ方をするのか?今から楽しみですね♪