金ヶ崎城跡 | 金ケ崎の退き口の舞台となった城(福井県敦賀市)

金ケ崎城跡

こんにちは!ZIGです。

今回は福井県敦賀市にある金ヶ崎城/天筒山城へ行ってきました♪

金ヶ崎城と言えば南北朝時代にも激しい戦いがあった場所ですが、「金ヶ崎の退き口(金ヶ崎崩れ)」の舞台となった事でも知られてますね。

金ヶ崎城/天筒山城について

金ヶ崎城は敦賀湾に突き出た丘の上に築かれた城で、築城当時は北・西・南を海に囲まれていました。唯一通り道となる東には支城となる天筒山城が存在し、難攻不落と言われていたようです。

この城が歴史に登場するのは大きく2回。1度目は南北朝時代、2度目は戦国時代ですね。

 

南北朝時代の1336年~1338年、金ヶ崎城は南朝軍と北朝軍が数回にわたり戦いを繰り広げました。1337年3月の戦いでは足利勢(北朝)の攻撃で多くの城兵が命を落とした言われています。この戦いで後醍醐天皇の皇子・尊良親王や新田義貞の嫡男・義顕が命を落としていますね。

 

戦国時代になると金ヶ崎城は朝倉氏が支配し、敦賀郡司を置くようになります。

1570年(元亀元年)、織田信長は朝倉攻めのために越前に侵攻、天筒山城と金ヶ崎城を落とします。しかし直後に同盟関係だった浅井氏が裏切り、織田軍は朝倉軍と浅井軍に挟み撃ちされる状況に陥ってしまうことに。

そのため信長は木下藤吉郎(秀吉)や池田勝正、明智光秀らを金ヶ崎城に残し撤退します。この撤退戦が「金ヶ崎の退き口」ですね。

戦いとしては織田軍の負けとなるわけですが、この撤退戦は見事に成功。信長は無事京へ退却することができ、また秀吉や光秀達も無事に窮地を脱するのでした。

 

金ヶ崎城跡アクセス

金ヶ崎城跡
〒914-0072 福井県敦賀市金ケ崎町1

金ヶ崎城跡は車の場合は北陸自動車道・敦賀ICから10分ほど。

公共の交通機関を使う場合はJR北陸本線・敦賀駅が最寄り駅です。ただ、徒歩だと30分くらいかかるので、駅から出ている「ぐるっと敦賀周遊バス」の利用をおすすめします。

ぐるっと敦賀周遊バス

「ぐるっと敦賀周遊バス」に乗り、「金崎宮」で降りればOK。駅から15分程度で到着します。

 

金ケ崎城跡の駐車場について

金ケ崎城跡は金ケ崎公園として整備されているので、駐車場も完備されています。

ただ、ナビなどで「金ケ崎城跡」「金ケ崎公園」を指定すると山頂の遺構部分が目的地になってしまう場合があるので注意して下さい。駐車場はちょっと場所が異なります。

どこを目的地にすれば良いかというと・・・「金前寺」ですね!

金ケ崎公園の駐車場は「誓法山金前寺」の前にあるので、金前寺を目的地に設定しましょう。そうすればスムーズにアクセス出来ます。

ちなみに駐車場のすぐ横に「旧敦賀港駅ランプ小屋」もあるので、こちらを目的地にしても駐車場を見つけやすいですよ♪

 

 

金ヶ崎城跡(金ケ崎公園)

というわけで金ヶ崎城跡に行ってきました!

ちなみに今回は金ヶ崎城跡⇒天筒山城跡と併せて回っています(天筒山城跡については主郭部のみ)。両方を見て回るとかなり時間がかかる&かなり歩くので、あまり時間をかけたくない・・・という方は金ヶ崎城だけ見て回ることをおすすめします。どこで引き返せば良いか等も解説してますので参考にどうぞ!

 

こちらが金ヶ崎公園の駐車場になります。

金ケ崎公園駐車場

奥に見えるのが金前寺ですね。

結構大きな駐車場でトイレも完備されてました。

 

駐車場の隅には金ヶ崎城跡・天筒山城跡碑があります。

金ケ崎公園駐車場

金ヶ崎城で起きた戦いの歴史が簡単に解説されてました。

 

石碑の前を通り、金ヶ崎城跡へ向かいます。

金ケ崎公園

ちなみに金ヶ崎城跡へは麓にある金崎宮(かねがさきぐう)を通って向かう形になります。なのでまずは金崎宮へ。

このあたりは少し登り坂になってますが、それほど急ではありません。

 

ちょっと登っていくと金ヶ崎公園の看板と、金ヶ崎城跡の解説がありました。

金ケ崎公園

先ほども石碑がありましたが、こちらの看板の方が金ヶ崎城での戦いに関してわかりやすく解説されてました。

 

看板を通り過ぎると石段があります。

金ケ崎公園

ここを登っていくと金崎宮ですね。

金崎宮は南北朝時代の戦いで命を落とした後醍醐天皇の皇子を奉っています。

 

愛宕神社

金崎宮へ向かう石段の途中には愛宕神社がありました。

愛宕神社

愛宕神社は火伏せ・防火に霊験のある神社。

明智光秀が「時は今 天が下知る 五月かな」と詠んだのも愛宕神社ですね。光秀が連歌会を催した愛宕神社は京都市右京区の愛宕神社総本社になります。

 

ここにある愛宕神社はかなり小さなものでした。

愛宕神社

 

 

金崎宮

金崎宮への石段を登っていきます。

金崎宮

 

こちらが金崎宮の鳥居ですね。

金崎宮

鳥居の横に由緒書きがあり、金崎宮は「尊良親王」「恒良親王」が祭神となっていることが分かります。

尊良親王はさきほど少し触れましたが後醍醐天皇の第1皇子で、1337年の金ヶ崎城の戦いで命を落としてます。恒良親王は一旦逃れた後に捕らえられ、翌年京都で亡くなりました。金崎宮はそんな皇子達を祭神として明治23年に作られ、26年に社殿が竣工されたそうです。

 

金崎宮の境内は結構広いです。

金崎宮

春は桜が綺麗らしいですね。

ベンチはそのために設置されてるものだと思います。

 

正面に金崎宮の社殿がありました。

金崎宮

ちなみに金崎宮は難関突破と恋愛・縁結びの御利益があるそうです。

縁結びについてはどういう由縁なのか分かりませんが、難関突破は信長が窮地を脱した事を由縁としてるみたいですね。

 

 

ちなみに金崎宮の境内には朝倉神社もあります。

朝倉神社

この時は何故か農機具のようなものが置かれてました(汗

 

絹掛神社

金崎宮の隣には絹掛神社があります。

絹掛神社

絹掛神社は1337年の金ヶ崎城落城の際、尊良親王に準じて命を落とした武士達が祭神となっています。

総勢は321名。名前が分かるのは十数名で、その中には新田義貞の嫡男・義顕も含まれてますね。

設立されたのは明治30年で、子孫に当たる方々が有志を募って作ったのだそうです。

 

金ヶ崎城跡エリアへ

絹掛神社の左手に道があり、ここから金ヶ崎城跡の遺構エリアへ向かいます。

金ケ崎公園

公園になってるだけあって、このあたりはしっかり舗装されてました。

 

若干上り坂ですが、それほどキツくはありません。

金ケ崎公園

道が舗装されていると登るのは楽で良いですが、城攻め感がないのがイマイチですね(笑

 

 

そういえば小道の途中に石垣に見える場所がありました。

金ケ崎公園

ほんの一部分だったのですが、もしかしたらこれも遺構なのかもしれません。

 

尊良親王御墓所見込地

緩やかな上り坂が続くのかな・・・と思っていたら、途中から少し急な階段になりました(汗

金ケ崎公園

しっかり整備されてるので歩きにくくはありませんが、結構段数はありました。

 

 

この階段の途中に「尊良親王御墓所見込地」があります。

尊良親王御墓所見込地

尊良親王は金ヶ崎城で命を落とした方ですね。

 

脇道を上ってくと石碑があります。

尊良親王御墓所見込地

ここからは経塚が発見されていて、尊良親王の墓所とも、自刃した場所とも言われてるみたいです。

ただ史料にも乏しく、「見込地」となってるみたいですね。

 

月見御殿跡

尊良親王御墓所見込地を通過し、その後もしばらく階段を上っていきます。

金ケ崎公園

 

 

しばらく上るとT字路に突き当たり、案内看板が目に入りました。

金ケ崎公園

左に行けば月見御殿跡、右に行けば天筒山城跡方面ですね。

天筒山展望広場までは1km程の距離があるって事をここで知りました(汗

結構歩く必要ありますね・・・

 

 

とりあえず月見御殿跡へ向かいます。

月見御殿跡

ここは南北朝時代の本丸があった場所でもあるみたいですね。

確かにかなり広いスペースがありました。

 

おそらく本丸があったと思われる辺りに古戦場碑が建っています。

金ケ崎城跡・月見御殿跡

金ヶ崎城跡をネットで調べるとよく出てくるのがこの石碑ですね。

 

 

古戦場碑を通り過ぎて奥へ向かうと、左手に古墳がありました。

金ケ崎城跡・月見御殿跡

こんな処に古墳があるって何か意外ですねー。

古墳は平地に盛り土して作るってイメージがあったので(汗

 

 

更に進むと展望台のような場所に出ます。

金ケ崎城跡・月見御殿跡

ここが月見御殿と言われている場所ですね。

名前の通り、城だった当時もここで武士達が月見をしていたと伝わってるそうです。

 

ここからの景色はなかなかに絶景でした。

金ケ崎城跡・月見御殿跡

右手に見えてるのは火力発電所ですね。

海抜86mとのことなのでビックリするほど高いわけじゃないですが、かなり遠くまで見渡せます。

 

 

ちなみに下を見るとほぼ垂直の絶壁でした(汗

金ケ崎城跡・月見御殿跡

金ヶ崎山ってめっちゃ絶壁なんですね・・・

これだけ断崖絶壁なら下が海じゃなかったとしても攻められないでしょうね(汗

 

三の木戸跡

月見御殿跡を見て回った後は天筒山山頂広場(天筒山城跡)の方へ向かいます。

金ケ崎城・三の木戸跡

金ヶ崎城と天筒山城は稜線で繋がっているので、稜線に沿って歩いて行く形ですね。

このあたりも上り下りは結構ありますが、舗装されているのでさほど歩くには苦労しません。

 

少し歩くと「三の木戸跡」の看板があります。

金ケ崎城・三の木戸跡

南北朝時代の木戸跡みたいですね。

戦国時代もそのまま使われていたんじゃないかと思われます。

 

焼米石出土跡

三の木戸跡を過ぎてすぐの辺りに「焼米石出土跡」という看板が立ってました。

金ケ崎城・焼米石出土跡

ここは戦国時代に金ヶ崎城の食料庫があったらしいです。

織田軍に攻め落とされたときに焼け落ち、そのとき焼けた米が出土したってことみたいですね。

3万とも言われる織田軍によって金ヶ崎城は1日で落とされています。

 

石碑にも「焼米」の文字が確認できますね。

金ケ崎城・焼米石出土跡

 

 

二の木戸跡

またしばらく歩くと二の木戸跡が見えてきます。

金ケ崎城・二の木戸跡

このあたりも上り下りはそこそこありますが、歩きにくくはありません。

ただ、しっかり整備されてる分雨上がりは滑りやすいかもしれません。その点は注意ですね。

 

こちらが二の木戸跡ですね。

金ケ崎城・二の木戸跡

このあたりは南北朝時代、激しい戦いが行われた場所だったと言われてるそうです。

二の木戸跡は道が二つに分かれていて、向かって左側の道を行くと一の木戸跡、右側に降りていくと金崎宮に戻ることができます。

 

一の木戸跡

二の木戸跡を通り過ぎ、一の木戸跡へ向かいます。

金ケ崎城・一の木戸跡

ちょっと道が整備されすぎていて退屈だなと思っていたら・・・

 

途中に大きな堀切がありました。

金ケ崎城・一の木戸跡

かなり綺麗に残ってますねー。

 

堀切を通り過ぎるとまもなく一の木戸跡が見えてきました。

金ケ崎城・一の木戸跡

看板が立っていなければ見逃してしまいそうです(汗

ただ、立ち止まってよく見ると左右は堅堀のように見えました。

 

ここも二の木戸同様、南北朝時代に激しい戦いがあったらしいです。

金ケ崎城・一の木戸跡

朝倉氏もそのままこの地形を利用していたみたいですね。

 

金ヶ崎城跡について
ちなみに一の木戸跡で金ヶ崎城跡は一通り見て回った事になるので、ここで引き返すのも手です。その場合は二の木戸まで引き返し、金崎宮へ戻ると良いでしょう。そうすればスムーズに駐車場に戻れます。

天筒山城まですべて見て回ろうと思うとかなり時間もかかりますし、駐車場まで戻るにもかなり時間がかかるので注意です!

天筒山城も見て回るならここから追加で1時間ほどかかることを見越しておいてください。

 

 

見張台跡(天筒山城跡)

さて、というわけで引き続き天筒山城(見張台跡)へ向かいます。

天筒山城は金ヶ崎城よりも標高の高い場所にあるため、このあたりからは登り坂&階段がキツくなります。

金ケ崎公園

しっかり階段が整備されてるのですが、これはこれで結構キツい(汗

ただやっぱり公園になってるだけあり、結構散歩してる人とすれ違いました。

 

 

途中には大きな堀切がありました。

金ケ崎公園

ここも綺麗に残ってますねー。

 

後はひたすら天筒山城を目指して歩きます。

金ケ崎公園

一の木戸跡から天筒山山頂までの正確な距離は分かりませんが、おおよそ歩いて15分ほどで山頂が見えてきました。

 

こちらが展望台広場の入り口ですね。

手筒山城

看板があって「見張台跡」と書かれてたのですが、位置的にここが天筒山城の主郭部だったと考えて間違いなんじゃないかと思います。

 

ここはかなり開けたスペースになってました。

手筒山城

当時作られた削平地をそのまま使っている・・・のだと思います。

 

 

見張台跡からは金ヶ崎城がよく見えました。

手筒山城

こうしてみると結構標高が違う事が分かります。

 

以下の赤枠部分が月見御殿跡ですね。

手筒山城

結構歩いてきたなーと実感出来ます(笑

 

 

そういえば天筒山の山頂広場は大きな段差がありました。

手筒山城

ちょうど凹型になっていて、真ん中に凹んでいる箇所があるんですよね。

これはもしかしたら大堀切なのでは?と言われてて、実際に見てみると確かにそう見えました。

 

 

・・・とまあこんな感じで山頂の削平地を一通り見て回り、金ヶ崎城に引き返すことに。

実はここから更に中池見湿地の方へ歩いて行けば天筒山城の遺構(堀切等)を見ることができるのですが、そうなるとさらに1kmほど歩かなければなりません。そこから金ヶ崎城跡の駐車場に戻るのはかなりダルい・・・(汗

ということでここで来た道を引き返すことにしました。

 

ちなみにそれでも駐車場まで戻るのに合計で1時間30分ほどかかりました。なので金ヶ崎城/天筒山城をしっかり回るつもりなら少なくとも2時間は見ておいた方が良いですね(苦笑

金ヶ崎城跡を見るだけならおそらく1時間もかかりません。

 

まとめ

というわけで金ヶ崎城跡を紹介しました!

金ヶ崎城と天筒山城、とりえず思った以上に広いです(笑

というか天筒山城の規模が大きいですね!なのでセットで見て回るならしっかり時間に余裕を持って臨むとよいと思います。

 

 

 
金ケ崎城跡

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です